派遣労働者の均等・均衡処遇に関する声明

2018年12月20日

〒151-0055
東京都渋谷区代々木4丁目29番4号
西新宿ミノシマビル2階
NPO法人派遣労働ネットワーク
理事長 中野麻美


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 労働者派遣法制定以来、派遣先社員と差別なく働くことは、派遣法制定以来の切実な要求であった。派遣スタッフのプライドを傷つける休憩室、更衣室、医務室、食堂などの福利厚生施設や食事券の利用などの差別は、法改正によって徐々に改善されてきたものの、雇用や賃金等待遇面では多くの課題を残している。2015年法改正により、労働者派遣制度は、臨時的・一時的な働き方/利用と位置づけられ、派遣労働への固定化を許さず、派遣労働者の雇用の安定とスキルアップのための事業規制(許可制)を強化したが、法施行後の派遣労働者の雇用及び待遇の実態は深刻を極めている。派遣先の直接雇用や無期雇用転換権行使、雇用安定化に向けた措置/努力義務の回避が疑われる派遣/雇用打切り、さらには、契約更新時の労働条件不利益変更が目立っている。キャリアを重ねた労働者の安定した雇用及び労働条件確保は難しく、性別及び年齢による差別は未だに根強い。就労に不可欠な実費でありながら派遣労働者には不支給とされてきた通勤交通費も、不支給とともに所得として課税されるという二重の不利益を被るものであり、また、男女間の支給格差は顕著である。

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 政府は、ILO181号条約を批准したうえ、これを根拠に派遣対象業務を専門性等に限定して派遣先労働者との競合関係を回避する規制枠組みを放棄し、ネガティブリスト方式への転換をはかった。ところが政府は、この条約の5条で定められた性別、年齢、障害などによる差別禁止については、労働者派遣制度のなかに徹底させることをサボタージュし、放置してきた。それが、派遣労働を、今日のような低賃金細切れの、雇用とはいえない働き方にした決定的要因である。
 雇用及び待遇上の性別・年齢・障害などによる差別の禁止は、今般の派遣先正規労働者との待遇格差を解消する大前提であるはずのものであるが、政府は、今回の法見直しにあたってもまったく無視してしまった。そのため、不合理な待遇格差を撤廃する今回の法改正に基づく制度も、差別的雇用慣行の是認とも受け止められる合理性判断の枠組みをとっており、とくに全雇用期間を通じて「人事ローテーション」や「職務職責」が同じかどうかを合理性判断の要素として承認してしまうのでは、そもそも格差を解消することには無力としか言いようがない。非正規・派遣労働者と派遣先直接雇用労働者との格差は、かえって拡大する恐れがある。

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 さらに、派遣労働者の賃金は、派遣料金は上がっているのに抑制され、同じ仕事をしている派遣先社員との格差に納得できないとする訴えが多く、仕事と生活の両立が困難な理由について、多くが「低賃金」「細切れ雇用」としている。こうした実態からすれば、派遣労働者の雇用及び待遇における均等待遇に向けては、安定した雇用の保障と絶対的な低賃金の底上げが不可欠である。しかし、今回の協定方式による均等・均衡処遇義務の免除規定は、①省令に定める通常の労働者の平均賃金額が「平均賃金」どころか「最低賃金」を示したものでしかなく、②職種ないし職務の定義も示されておらず当てはめも相当程度に曖昧となること、③経験値を能力や成果の代理指標とすることで使用者の大幅な裁量を許容し、経験年数が10年を超える労働者に対してゼロ年の賃金を適用する取扱いさえ許容すること、④協定手続き及び内容を事前チェックする体制も整備されておらず、派遣労働者の権利保障には重大な欠陥がある。
 派遣労働ネットワークは、この制度が派遣労働者の生活と人生に取り返しのつかない深刻な影響を与えることを強く懸念する。それは、第1に、登録型・有期雇用派遣では、派遣先が変更される場合はとくに、契約の締結の都度賃金等労働条件の見直しが行われるのが通例である。その場合に、協定された賃金水準が当該労働者の賃下げ圧力になる危険があること。第2に、新しく労働者派遣で働くことになる労働者について、勤続ゼロ年の基準賃金が適用されることによって、全体としての賃金水準を押し下げ、現状において高額な水準を維持していても、「賃上げ抑制」が働く危険があるからである。
 そもそも、専門性に特化され、内部労働市場においては調達できない希少価値を有する職種については、派遣先に直接雇用され長期雇用を前提に仕組まれた賃金等待遇制度の適用を受ける労働者よりはるかに良好な待遇を確保されることも「正義」と受け止めることができる。そうした労働者について獲得されてきた賃金水準が、派遣先に直接雇用される同種の業務に従事する労働者の賃金水準に影響されて、賃上げ抑制のみならず賃下げ圧力が加わることは、到底容認できるものではない。

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 派遣労働ネットワークは、新しい均等・均衡処遇に向けた制度には、批准済みの国際条約(女性差別撤廃条約、ILO100号条約(性中立的客観的職務評価に基づく男女間賃金格差の是正)、同181号条約(ILO111号条約を前提にして、性別、年齢、障害による差別の禁止と派遣労働者にも通常の労働者に保障されているすべての権利の保障を求める)その他)が各国政府に求める不可欠な基準が盛り込まれていないことに留意し、政府に対し、これらの内容を、可能なものから改正法を運用する実務に具体化するよう強く求める。あわせて、下記のとおり、政府に対しさらに引き続き、派遣労働者の均等・均衡待遇に向けた法整備を要請する。

(1)派遣先労働者との均衡・均等処遇の確保について

1)同一性及び合理性判断要素として列挙されている人材活用の枠組みや職務・職責を比較するに際し、前者については間接差別に該当する可能性、後者については性中立的客観的職務評価に基づく格差の合理性が問われるものであることに留意して、均等・均衡処遇の徹底を図ること。
2)使用者が説明責任を尽くさない場合には、待遇格差の不合理性を推認させるものであることを踏まえ、待遇格差について是正するよう助言・指導・勧告の対象とすること。

(2)派遣労働者の賃金協定制度について

1)「平均賃金」の抜本的見直し
 女性の割合が多い職種と男性の割合が多い職種間の賃金格差について、女性差別撤廃条約やILO100号条約が求める、性中立的客観的職務評価に基づく賃金調整を実施すること。また、職安求人賃金や賃金センサスに基づく「平均賃金」の算定方法を抜本的に見直すこと。

2)「派遣労働者が従事する業務」「同種の業務」の定義について
 賃金センサス及び職安求人賃金に紐付けられる「職種」「同種の業務」の定義を派遣元事業主が賃下げのために恣意的に利用することがないよう、明確にすること。また、その概念や定義は、性中立的客観的職務評価によるべきで、ILOが技術指導している点数評価法その他これに準じる手法に基づいて当該賃金に紐付けする業務の範囲を定めること。厚生労働省は、不十分であるにしても、パートタイム労働者の待遇改善に向けた「職務分析実施マニュアル」を公表して労使が促進するよう求めているが、この検討をさらに進めて適正化を図るよう求める 。

3)経験年数係数の当てはめ
 通常の労働者の勤続年数(1年、2年、3年、5年、10年)に対応した係数を基準値(勤続ゼロ年)に乗じて平均賃金を算定するとしている点につき、職務経験・能力等の代理指標としての「経験年数」という定義を立てるのであれば、公正性が確保された客観的指標を確立し、これにILO条約に基づく客観的性中立的な職務評価の基準を導入すること。

4)公正な賃金決定のための制度的保障
 改正法30条の4は、派遣労働者の「職務の内容」「職務の成果」「意欲」「能力」または「経験」「その他の就業の実態に関する事項」の向上があった場合に賃金が改善されるものであることと定めているが、公正な賃金決定のための担保となる不可欠な条件を協定内容とするよう強く求める。その場合、厚生労働省「男女間賃金格差に関する研究会報告」が、公正、明確かつ客観的な賃金・雇用管理制度の設計とその透明性の確保が必要であるとし、①賃金表の整備、②賃金決定、昇給・昇格の基準の公正性、明確性、透明性の確保、③どのような属性の労働者にも不公平の生じないような生活手当の見直し、④人事評価基準の公正性、明確性、透明性、評価者研修や複層的評価の実施、評価結果のフィードバック、⑤出産・育児がハンディにならない評価制度の検討、を掲げ、さらにポジティブアクションの必要性も指摘していることに留意すべきである。

5)労使協定締結手続きへの派遣労働者の実質的参加
 36協定でさえ、派遣労働者の過半数代表者選任手続きへの参加には重大な疑問があるとされている状況であることからすれば、派遣労働者の労使協議への参加保障は全くと言ってよいほど不可能である。労使協議への派遣労働者が実質に参加できない(しない)労使協定によって、均等・均衡処遇の免除は容認できないものであり、その適用については再検討すべきである。

1別紙厚生労働省職務分析実施マニュアルの職務説明書記載例及び記入様式参照。これをさらに精密化し客観化しているものが、別紙職務アイテム及び評価ファクターである。

6)労働監督の徹底
 今般の制度は、労使協定の適法性は各労働局が確認するが、締結都度の届出は義務付けない立て付けになっている。締結の都度の届け出はしないということは、派遣労働者に対する均等・均衡取扱い義務から免除する適法な労使協定かどうかをチェックする行政監督の放棄であり、到底許容できない。可及的速やかに協定賃金の合法性をその都度チェックする体制を確保するよう求める。

20181220声明

職務アイテム・職務評価ファクター